月刊ハコメガネマガジン

好物はカレー。

私は静かに、眠りたいという話

いびきという存在にいつも不思議に思うことがある。


私自身、あまりいびきをかかない。大酒をかっくらって寝ても、二徹明けで死んだように寝ても、どれだけ疲れていようと体調が悪かろうと、いびき歯ぎしり寝言のたぐいは聞いたことがないらしい。家族と友人の談である。眠りが浅い不眠症の私が自分のいびきで起きてしまえば元も子もないので、そこら辺はうまく世界が回っているんだなぁと思う。我ながら小さいところに目が行く。

そう、その証言をする家族の話である。

幼少のみぎり、実家にて一家五人が暮らしていた時、大きないびきを発して家人の安眠を妨害していたのは親父殿である。普通のアパートだったので、ふすま二枚程度で仕切られている程度の防音しかなかった。そんな程度の防音設備でいびきの威力が減衰するわけもなく、私はその頃から傍若無人な音の暴力にさらされてきたのだ。

それは私以外の三人も同じで、いつもいびきに辟易していた。いろいろ対策は練ったのだ。鼻の通りを良くするパッチのようなものをつけてみたり、薬を飲んでみたり、お酒の量を減らすよう要請してみたり。だが、その努力むなしく、今日に至るまで親父殿のいびきは健在である。

そして時は流れ、子は成長し家を出る。私も例に漏れず、社会人になると同時に家を出た。本音を言えば実家から通うほうが何かと楽ではあったのだが、そこはまぁやんごとなき理由で家を出たのだ。弟と妹は大学時代に家を出ていたので、この時点でそれぞれが家主となったのだ。

で。私としては日々いびきに悩まされることなく一人で防音の施された部屋で安眠を勝ち得ているわけだが、どうしたことか。先日実家に帰った時に、衝撃の事実を知ることとなる。


そう、私以外の被害者であった三人が、いつの間にか安眠妨害を引き起こすようになっていた。

まったくもって理解不能だった。私以外の四人が音源となるこの恐怖。いつもどおりいびきがひどいんだろうなぁと、親父殿から一番離れたところで寝ようとしたのになんの効果もない。いびきのデュエット、ハーモニー、アクセントに歯ぎしりや寝言まで追加される始末。なんの夢を見てるか知らんが「あー……」とか下手なゾンビみたいな平坦な声を出すのはやめてくれ。

一人でも寝にくいというのに四和音。あっちが静まったかと思えばこっちのボリュームが大きくなる。ままならない、ままならないんだこの世の中は。いや、ままならないのはこの家の中である。一人うつらうつらと眠気が来ては覚醒するのを繰り返していた私は、本当に外で仮眠とったほうがなんぼか寝れるんじゃないかと思い出すほどだ。

だが、この経験から一つの疑問が生まれた。

いびきの発生源についてである。

自分で意図的にいびきを再現しようとするとわかるのだが、そんな大きな音、出ない。寝ている時、こやつらは明らかに意識して出す時より、大きな音が出ていると思うのだ。起きてから実験したから間違いない。

どうやって出しているんだあの音。

少しネットで調べてみれば、声帯や舌の付け根などが空気の通りに振動呼応していびきが発生しているらしい。が、メカニズムは厳密には不明だということだ。

世界には、人体にはまだまだ謎が多く残る。

できれば早急に、その謎が解明されることを切に願う。

私はもう、いびきがうるさいからと鼻を摘んだり、額を叩いてみたり、枕をテーブルクロスばりに抜いてみたり、夜中の暗闇で攻防するのは疲れたのだ。

そしてたちの悪いことに、それらの行為をしたとして、そいつらはほぼ100%、起きはしないのである。いびきをかいてると眠りが浅いなんて、私は信じていない。

世の中はいびきをかくものと、いびきをかかれるもので、できているのだ。