月刊ハコメガネマガジン

好物はカレー。

朱肉という魔性の道具の話

スタンプ台と朱肉の違いについて。事務方の社会人を8年もやっていると、流石にそれらの違いというのはわかってくる。スタンプとはんこの違いだ。それぞれはそれぞれに役割がある。

簡単に書くと、はんこは押印面が硬い。だから朱肉を押し付けて、影を取るのだ。逆にスタンプは押印面が柔らかく、水分を多く含んだスタンプ台に含まれたインクで影を取る。乾燥時間や色味などが大きく異なる。なんとなくイメージが伝わってくれればそれでいい。

新社会人の教育をしていると、やはりと言うかなんとか言うか、印鑑をスタンプ台に押し付けて押そうとする人間が一定数居る。確かに押しやすさはあるのだろうが、下手をすればインクが原因で、印鑑を痛める結果にもなりかねない。その度に注意するのが風物詩のようになっている。一般的に、朱肉はシャチハタの台頭もあり、スタンプ台に水を開けられている存在なのだ。

「でも朱肉ってエロいですよね」

と、スタンプ台と朱肉の違いについての新人向けのコラムを練っていた私に対して、謎の主張をぶつけてきた後輩君。ツッコんだら話が長くなるよなぁと思いながらも、好奇心を抑えられない私は、つい聞いてしまう。今思うのだが、遅筆の原因はこれなんじゃないだろうか。

「…その心は?」
「え、だって思いません? なんかこう、光沢感というか、肉感というか。スタンプ台に比べてすっごく艶があるじゃないですか」
「艶…」

言われてみればそうかもしれない。朱い肉と書いて朱肉。高級顔料を使い、硬い押印面にもしっかりと色が乗るように粘度がある。古くは肌と同じハリと柔らかさを基準としたと言われるその表面は、確かに艶感があるようにも感じる。

「それに印鑑を押しつけた時のあの弾力? たまりませんよね。僕はやりませんけど、押し付けてこう、印鑑をこうグリグリねじ込みたいですよね。僕はやりませんけど」
「闇が出てる闇が。抑えきれないSっぷりが出てきちゃってるぞ好青年」
「先輩には敵わないですよ。聞きましたよ、こないだ朱肉ドロドロのベッタベタにしたそうじゃないですか。服まで汚して。昼間っから」
「アレは補充用インクが暴発しただけだ! 言い方!! 言い方に気をつけろ!!!」

昼間っからってなんだ。人聞きが悪すぎるだろ。後、服汚したのは私の方だ。ワイシャツが一枚荼毘に付された。

「殺人現場みたいだったって…」
「明らかにインクの赤だろ。大変だったんだぞ掃除するの!」
「やらかしたの先輩じゃないですか」
「…いやまぁそうなんだけど…」

それから、やれ朱肉の色には肌色やピンクなどいろいろな種類があるだの、押し心地が商品によってぜんぜん違うだの、完全にこいつ狙ってやってるだろと思いながら、私の中に朱肉の知識が蓄積されていった。ちなみに新人向けのコラムはボツにした。いらない知識が入りすぎて余計なことを書きそうだったから。

というわけで、私の仕事はまた遅延し、印鑑を押す毎にじっ…と朱肉を見る日々を送っている今日このごろ。

朱肉って、いいよね。