月刊ハコメガネマガジン

好物はカレー。

アウトプットノウハウを有効活用しきれない話

鞄の中から「トランプ」とだけ書かれたメモが発見され、はて。私はそんなに海外興味があっただろうか。しかも無造作に人名だけ書いて一体何がしたかったのだろうかと三秒ぐらい考えた。が、真相は何の事はない。旅行に持っていくものを忘れないようにメモしただけの事だった。

自慢ではないが、私は旅行にモノを持って行かない。生来が心配症なこともあり、考えれば考えるほどものが増えていくから、意図的に持っていくものを減らしているのだ。以前折り畳み傘とレインウェアを両方持って行って、自分でもどういう基準で旅行の用意をしたのか混乱した経験から、必要最低限のものしか持って行かないようにしている。

しかも万全に用意した時に限って致命的な忘れ物をしている事が多い。シンプルイズベスト。自分の頭はそんなに複雑にできていないと気がついた昨今、複雑な処理をさせるのはやめておいたほうが無難だ。

だから旅行にいく時に持っていくものはお金、各種チケット、充電器、着替え、洗面用具、常備薬と減らしている。着替えも余分なものは持っていかずに足りなければ現地で調達している。山に行くとか川に行くとか外国に行くとかオーロラを見に行くとかじゃない限り、人がいる文明のあるところでお金とスマホがあれば、まず大丈夫である。このブログだって普通にスマホで書ける。めっちゃ打ちにくいけど。

そんなだから、「あ、これ持って行こう」というプラスアルファをいろいろ考えても、いざ用意する段になって忘れ去られている。カメラ持って行こうだとか、ライブだからタオル持って行こうだとか。このメモもその一環で、移動時間の暇つぶしにトランプ持って行こうそうしようと思ったが、覚えている自信は微塵もない。そうだ、メモ書いとけばいいんじゃん、と、その時の私は考えたのだ。

その予想は見事に的中し、核心を覚えていないどころかメモの存在まで失念していた。予想以上に記憶から抜け落ちていたのだ。

「メモを書く」という行為は、一種のアウトプットであり、自らの外に出す、要するに外部に記録しているから自分は覚えていなくてもいいという無意識下の認識が働くのだ。ただ問題というか私の場合、アウトプットした上で覚えていなければならない「メモを書いた」という事実すら抜け落ちてるので始末が悪い。

思い出せたからいいようなものの、思い出せなかったら、「過去の自分は世界情勢にこんなにも関心を持っていたのか…」と謎の敗北感に打ちひしがれるところだった。なんで過去の自分と勝った負けたを演出しないといけないのか。負けてるし。

まぁ今回は思い出せたので一安心なんですが、問題はこのメモが「今回の旅行用」に書いたものじゃないという点。

…いつだっけかな、このメモ書いたの…。